Doctors Journal Vol.8
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27遺伝子検査のこれまでの軌跡と今後の展望リーさんの事例で話題になりましたが、彼女が持っているBRCA1/2遺伝子は二十数年前に家族性乳がん・卵巣がんの関連遺伝子として発見され、米国では10年程前から親族で乳がんや卵巣がん患者がいる場合に実施されてきた遺伝子検査です。日本でも某検査センターが受託しており、がんを予防する目的で陽性の検査結果から彼女と同じ処置を決断した女性も多く居るようです。 がんの予防という観点から最近啓発されつつあるのは、子宮頸がん予防検診でのヒト・パピローマウイルス(HPV)遺伝子検査の実施です。HPVと子宮頸がんの関連性については1970年代に示唆され、その後の疾病疫学研究で子宮頸がんの主な原因はHPVの持続感染であることが判明しました。欧米先進国及びアジアの多くの国ではHPV DNA検査が子宮頸がん検診で一般的に実施され従来の細胞診検査結果とHPV DNA検査の結果から、次回の検診時期を決めるなどのプログラムが普及しています。残念ながら、日本では1900余りの市町村住民健診でHPV DNA検査を実施しているのは100未満と言うのが現状です。昨年からやっと厚生労働省も動き出し、有識者によるがん検診あり方検討委員会での協議結果に基づき、平成25年度から住民検診でのHPV DNA検査の試験的な運用が始まったばかりです。一方で、14歳以下の女子に対するHPVワクチンは公費での接種が主流となっていましたが、副反応問題から積極的な接種を中止するとの学会判断もあり、より安全な子宮頸がん検診の実施を呼びかけています(あかずきん・jp http://www.aka.jukin.jp)。しかしながら、日本での検診受診者は全体的に低迷しています。特に子宮頸がん予防検診に至っては対象者の20%程度と推定されており、70%〜90%が常識となっている欧米に比べて大きく遅れています。このような住民検診の啓発と案内は主に自治体が行っていますが、今後は地域医療を担う開業医や診療所での啓発と実施が非常に重要だと思います。 間もなく1000ドル(約10万円)ゲノム検査が可能となり、全ての国民が自分のゲノム情報を持参し医療機関を受診する時代は夢でなくなりました。このような個人ゲノム情報を医療の中でどのように役立てるのかを明確にするにはまだ少し時間が必要のようですが、例えば前述した遺伝性のがんや他の疾病のリスク診断に基づく発病予防への活用が一つ考えられます。また、薬物の代謝や副作用に関係する遺伝子が薬剤ごとに特定されれば、薬を処方する際の薬剤の種類あるいは服薬量の調整などに役立つ可能性もあります。既にワルファリン投与では、ワルファリン代謝酵素のCYP450 2C9遺伝子と薬剤作用の標的分子であるビタミンKエポキシ度還元酵素(VKOCR1)遺伝子を予め検査することで適切なドーズ調整ができるなどの理由から、FDAではこれらの検査の実施を推奨しています。一方で、ゲノム情報の中にはその時点では解明されていない重篤な疾病関連遺伝子も存在する可能性があります。将来様々な疾病の発症メカニズムが分かり、予防や治療の必要性を判断することが求められることも考えられるため、こうしたゲノム情報の正しい扱い方と理解、そしてそれに基づく適切な判断を医療従事者は責任を持って行うことが必要であり、遺伝子カウンセリング体制の整備が地域診療でも重要となります。 DNAの2重らせん構造の発見から60年を経過し、また先日の米国最高裁のヒトゲノム特許の無効判決も追い風となり、遺伝子情報はそれぞれ個人の手元に置くことが容易な時代となりました。遺伝子情報は我々が病気を予防し、また安全で最大の効果が期待できる医療を受ける上で非常に貴重な情報となる反面、子孫や親族への影響、生まれてくる子供の生死や運命を考えなくてはならない試練も持ち合わせています。また、医学的根拠に乏しい遺伝子検査の販売に関して、医学会は何らかの規制の必要性を訴えています。究極の科学と技術の進歩を正しく理解し判断することが我々一人一人に求められています。 http://www.aka.jukin.jp

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