Doctors Journal Vol.8
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25遺伝子検査のこれまでの軌跡と今後の展望かっており、輸血によるこれらウイルスの二次感染を完全に防止するには限界がありました。 そこで日本の厚生労働省が考えたのがPCR法を利用した検査の導入で輸血でのウイルス感染症を防止する対策でした。この行政の意向に応える形で、1995年頃からPCR法を利用した輸血用の血液の遺伝子検査としてHBV DNA/HCV RNA/HIV RNAを高感度に検出する検査試薬とシステムを私共のロシュ日本法人からグローバル本部へ提案して開発を始めました。日本の血液事業は日本赤十字社がほぼ100%を担っており、年間700万件もある献血液の検査を行うためには、高速で多検体処理が可能な検査システムの開発が必要でした。そのため当時はまだ実用化されていなかった、リアルタイムPCR法と言う最新鋭の技術を導入して開発を行うことになりました。一定期間の試験使用を経て2001年に日本赤十字社は検査システムを本格的に導入し、世界に先駆けて輸血用血液の高い安全性を確保することができるようになりました。 ここまで私自身も深く係わって来た遺伝子検査の二十数年を振り返ってみましたが、1990年代の感染症検査を中心とした遺伝検査の開発とその普及には、日本の医療現場、アカデミア、更には行政が大きな役目を担っていたことを改めて実感できます。もう一つ添えておくとしたら、遺伝子検査に使う検査試薬は海外で製造されましたが、この当時に使用した装置は日本の企業が開発・製造した製品が多かったのも一つの特徴です。【遺伝子検査が担う個別化医療と予防医療:進歩する科学と技術とどう向き合いその恩恵を享受するのか?】(図3) 1990年代の遺伝子検査の賑わいとは異なり、2000年代の遺伝子検査開発はある意味では静観の時期にあったように思います。現実には、検査対象となる感染症候補が少なくなったことがその要因でもありましが、2003年にヒト・ゲノムプロジェクトが終了し、その成果が実用化されるまでのインキュベーション時間であったと思います。一方、検査技術の変遷としては、遺伝子配列を解読するシーケンサーの小型化・高速化そしてコストダウンです。2003年に始めてヒトの全ゲノムを解読した時は、13年掛かり費用は約3千億円でした。2007年にDNAの二重らせん構造を発見したジェームズ・ワトソン博士が自らのゲノムを解読した時は2ヶ月で1・2億円、そして2011年では1ヶ月の期間で100万円程度となり、数日間で10万円となる時代も現実的になってきました。つまり、全人類が個人のゲノム全情報を持てる時代が来ると言うことです。このような将来に、私たちは自分の全ゲノム情報をどのように活用できるか?ここからは、将来の遺伝子検査の役割を考えてみたいと思います。〈薬物治療の安全と最適化:コンパニオン診断薬の役割〉 2000年ごろから悪性腫瘍の治療薬として、分子標的薬の開発と実用化が活性化しています。その背景にはがん化のメカニズムが分子生物学的に解明され、がんは基本的には遺伝子の異常に伴う細胞の無秩序な増殖によることが分かって来たからです。がん化メカニズムで多く見られる現象は、細胞の増殖を促進するチロシンキナーゼと言う酵素を持つ細胞表面のレセプターあるいは関連する遺伝子の異常です。例えば、乳がんでは約30%の患者で乳腺細胞の増殖を司るレセプター:HER‐2が過剰に発現していることが分か予防薬予防薬食 事食 事ライフスタイルライフスタイル<図3>将来の個別化医療の広がりと臨床検査の役割個別化医療のゴールは、個人の遺伝子情報等をデータベースとし、疾病予防から診断・治療を網羅した医療コンサルテーションである。個人疾病遺伝子やバイオマーカーの網羅的解析データに基づく、疾病リスクの予測と発症予防の実現特定の薬剤に対する治療効果や副作用リスクの予測 → 層別化病名や病態の重症度を判断するための検査治療効果や病態の変化を判断するための検査治療の経過観察治療の経過観察ハイリスク者の経過観察ハイリスク者の経過観察疾病のリスク診断疾病のリスク診断治 療治 療疾病診断疾病診断発症予防発症予防

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